十二要地高射砲

 作戦は終了した。昭和二十年三月から私達は、大阪陸軍工廠の第七工場に廻され「十二要地高射砲」の部品を作ることとなる。  十二とは、一万二千メートルの上空まで砲弾を届かせるの意と教えられた…
continue reading

風船爆弾を作った私たち

 弾丸除けも付けず、ガソリンも充分に積めず、基地へ帰還を想定しないあの悲痛な零式艦上戦闘機。世界一巨大だったかと思うが護衛の飛行機無しでは戦えぬ戦艦大和、そして哀れな人間魚雷艇などを作っ…
continue reading

夢千年の家S邸12月

       Sさん、着々と進む工事に毎日がうれしい帰宅のご様子です。森の中に住むイメージで土壁の中に板をはめこみます。      打ち合わせ通り進んでいますか?       このあたり…
continue reading

敗戦六十年後のいま

 昨今、「太平洋戦争」前夜に似て、石油問題が騒々しいなあと気ずいた時、私は突如として「油の一滴は血の一滴」という標語を思い出した。  声も立てずに学生達が、夜も昼も働いていた大阪陸軍造兵…
continue reading

夢千年の家S邸 11月

私たちみんなの共通の仲間でもあり。家族ぐるみのマウンテンバイク仲間でもある、岡崎市内のSさんの家の再生創造工事が、急ピッチに進んでいます。 昔は養蚕もやっていたという典型的な三河の農家の…
continue reading

道後のいで湯

 春風やふね伊予に寄りて道後の湯  極堂  伊予の国の風土記にいう、-湯の郡。大穴持命は見て後悔し恥じて、宿奈毘古奈命を活かしたいと思い、大分の速見の湯を地下樋によって(海底を渡して)持…
continue reading

本格的な冬の到来です

風が無かったせいもあって今年の紅葉はじつに見応えがありました。しかし12月に入ったとたん気温がぐーんと下がり朝の外気温はマイナス4~5度となりいよいよ本格的な冬の到来です。 そろそろ大根…
continue reading