京紅

 命がけの毎日でも日曜は楽しみだった、空襲の無い京都や奈良へ遊びに行く。電車賃がとても安かったのも良かった。宿舎から暫く歩いてゆくと守口駅があり、そこから京都へ直通電車が出ていた。沿線は田園ばかりだったと思う。
 或る日曜日は仲よし数人で許可を貰い宿舎を出た。京都へ行ったとて町は寂れており静か過ぎる、だが大阪のように空から敵の飛行機に射たれる心配が無いので良い。
 紅屋が店をあけているのを見つけ歓声を挙げたい心地で入る。勿論、淑かに入った「何処に居ても城北高女の誇りを忘れるな」との先生の御声がいつも胸にある。
 紅は美しく彩色された貝に入って売られている、とりどりの貝の模様に私達は見惚れて、一つずつ買いもとめた。そしてお喋りしながら町を歩き古都の風情をゆっくり楽しんだ。
 部屋に戻ってから、大切な宝物「京紅」をあけてみると、なんとまあ緑色に光っているではないか、これには三人ともびっくりした。「これ唇に塗ったら朱うなるんじゃろか」と誰かが言う「ほな誰ぞ、塗っとおみ」と誰かがそっと言ってみる。結局、先生に叱られてはいかんと思い、貝の絵を比べ合って楽しんだ。それも六月の空襲で無くしたが、今も目に浮かぶ古都の雅であった。
 ある部屋では京紅をつけて、皆さん美人になったという後日譚がある。