シルエットにまつわること (岡 南)

 ある人を思い出す時、あなたはその人の顔や姿を、どのように脳裏にうつしていますか。それとも、まずはその人の声を思いだすのでしょうか。このように声を思い出す人の中には、実際の人の顔を正面から捉えることよりも、横顔のシルエットを思い出すには自信がある、という人がいます。今回は、シルエットという二次元の白黒の表現について、考えてみましょう。

 何千人もの人の顔と名前を記憶しているホテルマンや、企業の受付担当者もいれば、顔を正面から見たときに、のっぺらぼうに見えたり、ぼんやりとしか見えていないといった人は、人の顔を記憶することも難しく、名前も覚えることはかなり困難になります。顔以外の髭や髪型やめがねなど、身につけているものはよく見えていながら、こと顔については部分的で、まとまらずにばらばら感を伴って見えている人もいます。このような症状を相貌失認と言いますが、このようなお子さんや人は、多くの人が集まっている場では、よく人間違えをしたり、それを恐れて自分からは、全く人に話しかけることをしませんが、学校では名札や声を頼りにしています。こういった人の中には、正面からの顔はイメージできなくとも、横顔はイメージできるという人がいます。横顔のシルエット、つまり額や眼、鼻、口、頤(おとがい:下あご)の輪郭線は、明瞭に理解しているというのです。正面からの顔の認知は苦手でも、横顔のシルエットを手がかりにすることで、人を見間違う回数を減らしている人もいます。ちなみにこのような人の場合、聴覚から入った言葉や、書かれた文字として読んだものの記憶に優れ、言語思考をしている人が多いものです。

 もともと「シルエット」とは、フランスの大蔵大臣シルエット氏(1709−1767)に由来します。彼は極端な節約を唱え、肖像画も黒影で十分だと主張したのに基づき、以来影絵をシルエットと呼ぶようになったというのです。シルエット氏自身の見え方が、横向きの影絵の状態でも十分に、人を見分けられていたのかも知れませんが、そのおかげがあったのかなかったのか、イギリスのヴィクトリア朝(1819−1901)の時代には、人の横向きのシルエット、いわゆる影絵のことを「肖像画」と呼ぶようにまでなっていました。同時代のオックスフォード大学の数学の講師でありながら、写真家で児童文学者のルイス・キャロルも相貌失認のため、外でたまたま会った人がだれなのかわからず、帰宅後、肖像画(当時は横向きの影絵)で確かめてみようなどと思ったことが書かれています。つまり当時の肖像画家というのは、顔の横顔の影絵を得意としていたのです。美術史の中では、肖像画が登場してくるのは、中世ゴシックの祭壇画で、中央に描かれる聖人たちの両翼に、その絵を寄進した人の肖像画が描かれていたといいます。特にイタリアのゴシック以降には、寄進者の肖像は横向きで描かれるのが通例だったと、美術史家の高階秀爾先生は述べ、(ただしフランドル地方では早くから斜め正面の像が描かれています。)また個人を誤りなく思い出させるものであれば、たとえ影絵であっても、さしあたり基本的条件はみたしており、相貌の骨格の特色は、横顔の輪郭線が端的にあらわれると述べています。さらにルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチの『覚書』には「一度だけ会った人の肖像を横顔で描く方法」として、額、鼻、口、頤などの形をしっかり記憶にとどめ、それを横顔に表現すれば充分ともあります。つまりシルエットという影絵も肖像画の範疇に入り、その人らしさを表現しているというわけです。確かに横から見た姿というのは、正面からの姿よりも雄弁な場合があります。たとえば顔の鼻の高さや、いわゆる「わしっぱな」のように途中で角度がついている場合や二重顎、また女性の胸の高さや、お腹の出具合などは、正面からだけでは、その形状は十分な表現とはなり得ません。

 次に生き物の場合も考えてみましょう。生き物の視覚は色や形や線などの細かい情報より、シルエットのように、全体像を一瞬で捉えるという早業を、有効に使っている場合があります。その一例として、春になり初ツバメが飛ぶと、驚いて騒ぎ立てる動物園の水鳥の逃避行動から、飼育係がその視覚に興味を持ち、実験をした例があります。その飼育係は、鳥が羽を広げている状態のような鍵十字型シルエット模型を、いろいろな大きさの、そのまたいろいろな形を使い実験をしたのです。さて水鳥が驚いて逃避するシルエット模型とは、どのような大きさや形だったのでしょうか。皆さんの中には猛禽類のように、大きなシルエットを思い浮かべた人もいることでしょう。答えは、シルエット模型の大きさや形が問題なのではなく、水鳥は、自分に向かってくるように見える、首が短く尾の方が長い図形のシルエットに驚いていることが分かったというのです。これを逆向きにして飛ばしても、水鳥たちは全く驚く気配がなかったといいます。動くシルエットのその瞬間(ワンカット)の図形を読み取り、まずは逃げる行動をとっていたわけです。鳥の種類を認識するには、視覚に限れば色や形、大きさや素材感などといった多くの情報が、脳の中で同時処理されなければなりませんが、これには多くのエネルギーが必要なのでしょう。シルエットならば少ない情報量であるがゆえに、瞬時に判断でき、逃避行動を起こすことができるのです。よってシルエットを判断に使うことは、空を飛ばなくてはならない鳥の、小さな脳の負担を減らすための、合理化なのかも知れません。

 日本の空間には古来より障子があり、昼間であれば室内から広縁を通る人影をうつし、子供たちはそこへ指を組み合わせて影絵を楽しむこともしていました。また海外でも特にバリ島の影絵は有名で、音楽なども加わり、伝統芸術にまで高められています。これは手の込んだ人形の装飾品までもがシルエットとなり、色彩のある時には気がつかない、黒い輪郭線の美しさに驚かされます。

 ある色覚異常を持つ遺伝学の研究者が、自分の困った経験として、細胞の染色を行う際、染色液の赤色の濃淡で判断しなければならなかったにもかかわらず、その濃い薄いが全く分からなかったおかげで、細胞の輪郭線には敏感になり、形から見出す方法を自分なりに会得したと書かれていました。この場合も染色された細胞は、この研究者にとり、みな赤という同色にしか認識されていませんから、色があっても実質はシルエットの輪郭線と同じ意識のされ方ではないでしょうか。色彩を持たないシルエットは、人の意識の中で、輪郭線をより際立たせ、二次元の形を強調します。省エネルギーな伝達方法のシルエットから、輪郭という線に、そして線はそれを使い形作られる文字、という表現にもなり得ます。シルエットの認知を考えることは、なぜ聴覚優位の人が、文字の入力に強く、言語思考を好むのか、ということのヒントになるのではないでしょうか。

(おかみなみ / 認知デザイン)


参考:高階秀爾著『肖像画論』青土社、2010
   江口英輔著『視覚生理学の基礎』内田老鶴圃、2004
   岡 南『天才と発達障害』講談社、2010

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  • 岡南著『天才と発達障害―映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル』(講談社、2010)

視覚優位・聴覚優位といった誰にでもある認知の偏りを生かし「個人が幸せになるために」書かれた本です。読字障害(ディスレクシア)でありながら、視覚を生かし4次元思考するガウディ。聴覚を生かし児童文学の草分けでありながら、吃音障害、人の顔や表情を見ることができない相貌失認のルイス・キャロル。個人の認知特徴を生かし「やりがい」をもって生きることについて考える本です。

  • 杉山登志郎・岡南・小倉正義著『ギフテッド―天才を育てる』(学研教育出版、2009)

能力の谷と峰を持つ子どもたちは、認知特性の配慮と適切な教育により、その才能を開花させることができます。ギフテッドの教育の在り方、才能の見つけ方や伸ばし方を解説し、一人ひとりのニーズにこたえる特別支援教育の在り方を提示しています。どの子どもの特性を伸ばす為にも、ヒントになることでしょう。

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