「計る」ということ (岡 南)

 見えるものを計るには、二つの方法があります。ひとつは視覚を使った目分量、ひとつは計りや定規、メジャーカップといったスケールを使うことです。

 例えばみなさんがテレビを見て新たな家庭料理にチャレンジする際、まずはメモを取らずに、大まかな材料と手順をヒントに、料理をする人を目分量派としましょう。反対に必ずや材料や手順、火加減などをメモにとり、きちんとレシピ通りに料理をする人を、レシピ派としましょう。
 目分量派の人は、あまり細部にはこだわらず、その時々の味の違いを楽しむという、言ってみれば「それ風」の料理が出来上がれば満足し、後は必要に応じ好みを取り入れながら造ることになります。味覚の細部にはこだわらないということは、味覚にそう重きをおかないということでしょう。その反対にレシピ派の人は、ひとつひとつ手順を追い、材料のきざみ方やグラム数をメモしないと、料理が出来ないということですから、味覚の細部にまで敏感になります。

 具体的な計る作業となると、例えばある料理の4人分では、砂糖が大さじ2杯を必要なら、10人分を作るという時には、目分量派の人は、基本となる分量をもとに、割合で考えます。大さじ1杯分の視覚記憶から、頭の中でそれを2倍半にしますから、同じスプーンでなく例えそれが小鉢に入った状態のものでも、だいたいの分量をイメージできます。しかし視覚的なイメージのわかない、あるいは視覚記憶が苦手な人は、やはりきちんとスプーンを使い、レシピ通り計る作業が大切になります。レシピ派の人は、その事もあってか、細やかな、しかも味覚に敏感な人が多いように思われます。
 こうしたことから目分量派は、視覚に重きをおいた視覚優位の人に多く、レシピ派は、視覚を使わず、どちらかというとスケールの数値に重きをおいた聴覚優位の人に多いものと考えられます。

 さて次は、見えない「重さ」を計ってみましょう。心理検査の一つ、「田中ビネ ー式」の検査の中に、「重さの比較」というものがあります。検査道具として、2㎝角の箱が5コありますが、中にはそれぞれ重さの微妙に異なる分銅がいれてあり、目で見ただけでは重さは分かりません。持ってみてどれが一番重いのか、重い順に並べてもらう検査です。これが認知の偏りのあるお子さんでは、なかなか難しいといいます。箱を一つひとつ持ちあげてみて、さっきのより重いか軽いかと比べて判断するのですが、この時利き手かどうかということでも、判断が異なることがあります。どうにか判断できたところで、今度はそれが記憶になっていかないと5コの箱の比較にまでは至りません。しかし偏りのあるお子さんも微妙ではない明確な重さの違いは理解できるのです。他に目立った問題がない場合には、割合学業の成績も優秀で成長をしていくこともあるようです。そのような人の場合、感覚ではなく、既に数値化されているものに頼る傾向になりがちです。微妙な重さが分からないという人は、おそらく両手で同じ力を出さなければならない場合に、うまくいかない事がでてくることでしょう。例えば、ボートを漕いで直進させたい場合に、漕ぎ手はオールを左右同時に同じ力で同じ方向に漕がなければなりませんが、微妙な重さの違いが分からない人は、そのようにしているにもかかわらず、左右の感覚のアンバランスから、ボートは直進せず、その場でグルグルと回り続けることになります。

 世の中の人が言うことには、計れそうでいて計れないものがあります。「志を高くもとう」の「高く」とはどれくらいでしょう。人の感覚により、みなちがいます。「責任の重さ」の「重さ」はどれくらいでしょう。これも場合により人により、それぞれ異なります。「計る」ことの苦手さを持つ人は、次元が異なるものごとを一緒にしたり、互いの立場の違いの理解が難しくなるようです。さて「気持ちをおし計る」と言いますが、その時あなたは、どの感覚を使うのでしょうか。

(おかみなみ / 認知デザイン)

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  • 岡南著『天才と発達障害―映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル』(講談社、2010)

視覚優位・聴覚優位といった誰にでもある認知の偏りを生かし「個人が幸せになるために」書かれた本です。読字障害(ディスレクシア)でありながら、視覚を生かし4次元思考するガウディ。聴覚を生かし児童文学の草分けでありながら、吃音障害、人の顔や表情を見ることができない相貌失認のルイス・キャロル。個人の認知特徴を生かし「やりがい」をもって生きることについて考える本です。

  • 杉山登志郎・岡南・小倉正義著『ギフテッド―天才を育てる』(学研教育出版、2009)

能力の谷と峰を持つ子どもたちは、認知特性の配慮と適切な教育により、その才能を開花させることができます。ギフテッドの教育の在り方、才能の見つけ方や伸ばし方を解説し、一人ひとりのニーズにこたえる特別支援教育の在り方を提示しています。どの子どもの特性を伸ばす為にも、ヒントになることでしょう。

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