だますことと だまされること (岡 南)

 言葉巧みにだます人がいれば、言葉をうのみにしてだまされてしまう人もいます。一頃流行りの「オレオレ詐欺」で多くの老人が被害にあったといいますが、老人の中でもだまされる人と、反対に果敢に多くの質問を子どもや孫になりすました電話相手に投げかけ、嘘を見抜く人もいます。さてだまされやすい人とだまされにくい人とは、何がちがうのでしょう。

 自然界の「だますだまされ」関係の一例に、カッコウの托卵があります。托卵というのは、抱卵からヒナを育てることいっさいを、モズなど他の種の鳥に任せてしまうことです。国内ではカッコウやホトトギスなど4種類の鳥があげられています。視覚生理の研究者である江口英輔先生の『視覚生理学の基礎』(内田老鶴圃)を参考に、カッコウがだます手口の、その一部始終を見てみましょう。

 一般に鳥の多くはつがいで子育てをします。しかし托卵鳥のカッコウは、モズなどの他の種の鳥の巣に、なんとモズの卵そっくりで少し大きめの卵を、巣の中でもっとも早くに孵化するタイミングで、1つ生み落とし忍ばせます。もちろんそれは、モズの親鳥が餌を探しに行っている留守中のことです。生み落とされたカッコウの卵は少し大きいということで優先的にあたためられ、モズの卵より2~3日早く孵化することになります。そのカッコウのヒナは目もあかないうちに、今度はその巣にある他の卵の下にもぐりこみ、全ての卵を巣の外へ放り出してしまいます。カッコウのヒナの肩にはそのために、なんと少しくぼんだ部分があり、卵を背負いやすいようになっているというのです。一羽のカッコウのヒナのために、モズはその子どもたちを育てる機会を失うのです。とても残酷な話です。にもかかわらずモズの親鳥は、自分の体より大きく育っていくカッコウに餌を与え続け、成鳥となるまで育てあげてしまうのです。カッコウのヒナの羽色はかなり濃い色に白っぽい斑点があり、どう見てもモズのヒナとは色・大きさともに異なるのですから、里親のモズは、かなりめっかちなのでしょうか? 実は親鳥というのは、本能的に自分の巣にある、より大きな「赤くて丸い物」に餌を与えたいという衝動があるというのです。興味深いことにヒナと同じ巣に、ヒナの口より少し大きめな、周囲が赤く塗られた穴のあいた段ボールの箱をおいておくと、親鳥はヒナには目もくれず、もっぱら段ボールの箱の穴に餌を入れてしまうというのです。
 こうして里親に育てられたカッコウは、今度はどのように配偶者をもとめるのでしょうか? 日本のカッコウは群れをつくらず、秋ごろ単独で南へわたりますから、兄弟姉妹や、友人も、そして家庭も知りません。このことを江口先生は、「究極の孤独な鳥」と表現しています。こんな調子ですから托卵鳥が大人になっても、同種の異性の姿を知りません。ところが彼らは、聴覚から入るその種特有の泣き声が遺伝的に仕組まれた合図となり、配偶行動をおこすというのです。
 これらの認知特徴を整理してみると、カッコウは自分の卵を、里親の卵に似せてつくる能力がありますから、カッコウの視覚が、卵の擬態化を促しているわけです。里親に見破られ攻撃を受けるようになると、今度は別の種の鳥を里親にしようと、その鳥の卵のデザインにまねた卵を生みだすといいますから、視覚を使っていることになります。さらにカッコウの卵を里親の巣に生む前に、必ずその巣から一つ放り出しますから、視覚を使い数合わせもしているのです。
またカッコウの配偶者行動といった種として重要な行為には、聴覚を使っています。
 さて今度はだまされた側の認知特徴ですが、親鳥一般の中でも、おそらく視覚的な弱さといっても良いかと思いますが、全体が見えているのではなく、親鳥としての本能に強く導かれ、巣の中でより大きな「赤くて丸い物」という局所だけを注視するような視覚の偏りがみられます。おそらく視覚に強く、全体イメージの構成力に強いハトなどとの違いもあることでしょう。托卵される鳥の方でも、世代交代していくうちに卵の色大きさなどの識別能力が高まり、托卵されたらその卵を外へ出すようになるといいますから、もともと視覚認知能力の低さがあったのではないでしょうか。そして自分が生んだ巣の中の卵の数にも疎いようです。こういった認知能力の違いは鳥の種により、大きく異なります。

 このようにだますこととだまされることは、互いの認知の違いを巧みに使っています。人の場合でも、聴覚優位な人は、声や言葉(文章も含め)の情報を素直に受け取るために、学校時代には先生の言った言葉をよく聞き、そのことで成績もわりあい良好となり、成功体験とできたのではないでしょうか。そういった聴覚優位の人には、人の言葉や書かれている事を疑わないという心情が、素直にあるようです。権威や序列などを表現した肩書も好むために、「オレオレ詐欺」のみなさんは、例えば事故を起こしたといって、電話をかけてきた偽りの息子や孫とともに、偽りの警察官や偽りの弁護士などの役者も登場させるといった気の配り様です。そのパターンが見破られると、今度は「東北の震災募金」などという別のパターンの詐欺を考え出したようです。世の中の出来事にあわせ、パターンをかえるというのは、まるでカッコウが相手により、卵のデザインを変えることと同じ様にも思えるのです。
 ちなみに視覚優位な人は、基本的には懐疑的です。博物学者で『種の起源』を著したダーウィンも視覚で思考していた人ですが、彼も父親から、人前では懐疑的なところを隠すよう助言されているのです。みなさんの中には学校時代に「先生はこう言ったけれど本当かなー」といぶかしく思ったり、「世の中見れば理不尽で、何事も教科書通りにはいかないね」などと聞いたり書かれている事と、視覚的に見た現実との間に明らかな違いを見出した結果、自分自身の物の見方考え方を優先する生き方をしている人もいることでしょう。「オレオレ詐欺」の電話がかかってきても、視覚優位な人は、事の次第の全体像を理解するためのイメージを、頭の中につくりたいために、こちらから根掘り葉掘り多くの情報を求め聞くことから、つじつまの合わない部分がほころび、嘘が見抜かれてしまう場合があるのです。

(おかみなみ / 認知デザイン)

 

参考:江口英輔著『視覚生理学の基礎』内田老鶴圃、2004

 

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  • 岡南著『天才と発達障害―映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル』(講談社、2010)

視覚優位・聴覚優位といった誰にでもある認知の偏りを生かし「個人が幸せになるために」書かれた本です。読字障害(ディスレクシア)でありながら、視覚を生かし4次元思考するガウディ。聴覚を生かし児童文学の草分けでありながら、吃音障害、人の顔や表情を見ることができない相貌失認のルイス・キャロル。個人の認知特徴を生かし「やりがい」をもって生きることについて考える本です。

  • 杉山登志郎・岡南・小倉正義著『ギフテッド―天才を育てる』(学研教育出版、2009)

能力の谷と峰を持つ子どもたちは、認知特性の配慮と適切な教育により、その才能を開花させることができます。ギフテッドの教育の在り方、才能の見つけ方や伸ばし方を解説し、一人ひとりのニーズにこたえる特別支援教育の在り方を提示しています。どの子どもの特性を伸ばす為にも、ヒントになることでしょう。

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「写真:モズの巣から卵を一つくわえ、放り出そうとするカッコウの親鳥」