「違い」の背景 (岡 南)

 人には、認知の違いや個人差があります。例えば空間を扱うのが得意な土木・建築・デザイン・服飾・パイロットなどの実務にかかわる視覚優位な人と、言葉の聞き取りや、書かれた文章からの読み取りが得意な語学・文学・出版関係、あるいは音を扱うのが得意な音楽関係の仕事をされている聴覚優位な人とでは、「安心」「心地よさ」などといった心の状態の捉え方が、どうも違っているように思われます。認知のことですから、他に触覚優位性や味覚優位などの特徴を感じている人もいるとおもわれますが、大まかに視覚と聴覚とに分けて考えてみると、それだけでも見えてくることがあります。

 ここに認知の違いを示す興味深い例をご紹介しましょう。最初はある大学の学生ホールの改修工事の時の話です。
 それは、これまで古くなったホールを、学生のための休憩や飲食のためのテーブルとイスをおき、ラウンジとする部分と、売店や自動販売機を置く部分を設けようというものでした。外部に面しては、既に樹木の茂りが良く見える大きな窓がありました。まずは設計側からは、窓のあたりをラウンジスペースとし、窓のないスペースに売店などを配したプランを用意したのです。この打ち合わせには、大学関係者として、珍しく学生の代表も参加しておりました。文化系の学部から男子学生2名の参加でした。彼らの意見は、設計側とは全く逆で、窓があると話に集中できないので、ラウンジは窓のないスペースにしてほしいというものでした。
 ラウンジの使い方の一面として、視覚優位の人は、光が差し込む窓から外の緑が「見える」ことが、安らぎの一部であり「安心」や「心地よさ」につながると、考えていましす。つまり視界のない場所や、閉塞感は視覚優位の人にとり、心地よくはないのです。ところが聴覚優位の人は、視覚の広がりより、言葉や音を聞くといった「話に興じる」ことや情報交換をすることが一つの発散になり、さらにイヤホーンで音楽を「聴く」ことが休息の一部分をなすようです。人には認知に基づく違いがありますから、視覚優位の設計側とはまったく異なった発想も、このように想定されるのです。確かに窓のないある程度の暗さというのは、周囲への関心を弱め、互いの関係の中に気持ちを集中させる演出的効果があります。これはキャンドルライトを囲んで夕食を楽しむ心地よさと、通じるところがあります。

 二つ目の話は、デザインの世界が視覚優位の人たちだけの世界かというと、実はそうとばかりは言えないという例です。特に飲食の店舗設計にかかわるデザイナーには、味覚や臭覚が優れ、どちらかというと聴覚の方が優位なのではないかと思われる人がいます。つまり飲食に興味関心が強い客人の気持ちがよくわかることが、その空間のデザインを起こす上での根本になるからです。食に集中したい空間は、その食に関しての視覚や音や臭いなどの「らしさ」の演出が必要になり、さらにサービスのしやすさや業務上清掃がしやすいことなどもかんがみます。
 また飲むことや語らいに集中したい空間というのは、先ほどの「話に興じたい」学生同様、人と人とが親密さを感じたい心理的空間ですから、明るさや暗さ、仕上げ素材なども含めた空間のしつらえ方やサービスの方法などもあり、「居心地」は単に何㎡あればよいというマニュアル的な発想では、計れないものです。
 ところが色彩に敏感なファッション関係の空間を設計する人は、いかに色彩やフォルムをきれいにアピールできるかを問われますから、「見る」ことを楽しむ客人の気持ちをよりいっそう盛り上げるために、自然光や照明を使い、演出を工夫するわけです。よって「見せる」ことを目的とする空間をつくる人は、光に敏感な視覚優位な人というわけです。

 さらにみなさんの中には、マンションを見つける際、価格がほぼ同じ条件の場合、眺めを優先させる人もいれば、居室の広さや利便性、あるいは安全性を優先させる人もいることでしょう。ご夫婦の間でこうしたことで意見の「違い」もあることも当然です。このような「違い」などから、その人のこだわりを垣間見ることができます。
 認知の複雑なあり様からうまれた「個人差」が、その人の行動や空間の好み、さらには職業選択の裏にはあります。思えば世の中一般には、平均値を求め導くことが多くあり、そこから何らかの傾向を導くことがよく行われています。平均値という「ひとくくり」では見えなかった、実は案外ばらばらな状態像としての「違い」に思いをはせると、今まで見えなかったものが見えてくることもあるでしょう。

 一例目の学生ホールは、窓のあたりをラウンジとし完成しました。その理由としては、学生による継続的使用がある程度考えられるものの、基本的には不特定多数の学生が利用する公に近い性質の場であるということ、話に興じたい場合には、奥まったスペースのイスやテーブルの配置が工夫できるよう固定しないことや、部分的に視界を遮らない程度のパーティションを併用するなど、大枠では既にある窓を生かし、自然な光や通風そして眺望を、環境として生かすといった設計としてはオーソドクスなものとなりました。
 完成した形だけを見ると、ごく当り前な学生ホールです。設計途中でそのような意見交換があったということは、もちろん分かりません。しかし互いの「違い」があることを表現し、わずかですが、それに対し配慮工夫することで、この場合はより多くの人の居やすさを得ることが、できたのです。

(おかみなみ / 認知デザイン)

 

 

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  • 岡南著『天才と発達障害―映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル』(講談社、2010)

視覚優位・聴覚優位といった誰にでもある認知の偏りを生かし「個人が幸せになるために」書かれた本です。読字障害(ディスレクシア)でありながら、視覚を生かし4次元思考するガウディ。聴覚を生かし児童文学の草分けでありながら、吃音障害、人の顔や表情を見ることができない相貌失認のルイス・キャロル。個人の認知特徴を生かし「やりがい」をもって生きることについて考える本です。

  • 杉山登志郎・岡南・小倉正義著『ギフテッド―天才を育てる』(学研教育出版、2009)

能力の谷と峰を持つ子どもたちは、認知特性の配慮と適切な教育により、その才能を開花させることができます。ギフテッドの教育の在り方、才能の見つけ方や伸ばし方を解説し、一人ひとりのニーズにこたえる特別支援教育の在り方を提示しています。どの子どもの特性を伸ばす為にも、ヒントになることでしょう。

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