今月から始まります「コラム」を担当します岡南(おかみなみ)です。
空間を作る室内設計の仕事をしながら、デザイン教育にも携わっています。
私自身何よりも見て感じて考えるという視覚優位を生かし、物事を理解しています。おのずと視覚認知にかかわることや、視覚がどのように暮らしの中に生かされてきたのかということには、敏感になりますし、物事だけではなく、時には心ならずも時空を超えた人間ウォッチングから、その人の思考がどのような行為へ結びついたのかなどということへ、思いをはせてしまいます。そのような視覚認知の研究などについては、文末の本などを参考にしていただくと有難いです。
私のこれまでの本では、天才といわれる人々の思考と、そこから生じた作品や言葉にスポットを当てましたが、このコラムの最初に当たっては、天才といわれる人々よりもはるかに地味な人たちですが、視覚を使い豊かに生きていた人たちのことをお話したいと思います。
まず、みなさんの頭の中を、大陸から稲作文化がもたらされた弥生時代を通り越し、さらに縄文の人たちが生きていた時代へ、(できる方は)ワープしてみてください。
縄文時代と言えば狩猟を中心とした生活と思いがちですが、実は青森県の三内丸山遺跡に見られるように、定住生活が行われていました。その暮らしは、栗などの栽培や海水からの製塩技術もあり、さらには漆の利用など、大変高い文化を持っていたことが知られています。
私は視覚認知についての興味から、当初縄文土器や土偶の見事な立体感覚やデザイン力、さらにそれらを製作した技術力などに魅せられておりました。
これらの立体的な芸術性は縄文独特なもので、弥生文化にあまり見られません。このような立体視に強い感覚を持った縄文の人たちは、その視覚を単に「ものつくり」だけに使うに留まらず、今でいうところの生態学的知識、(暮らしのための知恵)にも視覚を大いに使い、文化としていたと考えられています。
例えば、九州地方には「ユリの花とウニ」という言い伝えがあります。これはユリの花が咲くころには、ウニが卵をもっているという意味なのだそうです。縄文の研究者である小林達雄先生が、貝塚を発掘した際、ウニの殻が大量に捨てられ、堆積していることを発見しました。そこから、次のように推論しています。
ウニの殻が大量に捨てられるということは、ウニを大量に採取をして食べていたということです。そして、それほど大量に採取するには、場当たり的な採取ではなく、ウニの生態から産卵の時期と場所を確実に知っておく必要があると言うのです。
つまり、人々は初夏になり山に咲くユリの様子を視覚でとらえることで、同時に海ではおいしいウニが取れるというイメージを抱けたわけです。
それが手短な言葉として「ユリの花とウニ」と口承されるようになったようです。
平たく言うならユリの開花は、ウニの旬の時期が到来したことを告げる、山(陸)のヴィジュアルサインか、看板広告といったところでしょう。この時期ウニは栄養価も高く、量も抱負に採れ、縄文人たちはウニの旬を堪能していたわけです。
このようなことは各地にあり、他にも佐渡の方言でユリに似た花で、赤みがかったオレンジ色のノカンゾウ*の花を、方言で「テイバナ」といいます。
「テイ」とは魚のタイのことで「バナ」は花ですから、つまりは「タイの花」ということです。ノカンゾウの花が咲くときには、佐渡の海でタイがとれるという暗号めいた言葉なのです。ノカンゾウの花を見た途端、人々はすかさずタイの姿やおいしさをイメージできたわけです。
これらは縄文の人たちの暮らしが、自然界の時間を含めた関係性(環境)の中にあったということの一端ではないでしょうか。
さらに思えば、ヴィジュアルサインというのは、言語というよりは視覚に重きをおいた伝達方法です。視覚により生態を観察し、イメージから後に、簡単な言葉で伝えあうといったことになったのでしょう。
現代の街に生きる人にとっての暮らしの中の「ユリ」にあたるもの、それはその時期と場所とを確実に逃さないための「広告」ともいえます。
例えばスーパーのチラシから、魚の写真でもなく、文字で書かれたお刺身や切り身の値段を、視覚を使い見ています。人によっては春の訪れが近いことを、視覚的に光の明るさの変化で捉えるのではなく、デパートの冬物バーゲンのお知らせの値引率から知る、という人もいるかもしれません。
その昔「ユリの花」というエレガントなヴィジュアルサインを使った人たちの感性に、少しばかり寄り添ってみると、「豊かさ」の響きが違って感じとれるのではないでしょうか。
(岡 南)
(参考:小林達雄著『縄文人の世界』朝日新聞社、1996)
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*ノカンゾウ(写真):和名は野萱草、ユリ科のワスレグサ属
学名:Hemerocallis fulva var. longituba
分布は中国、朝鮮半島、日本、サハリン。日本では本州以南の原野などに群生する多年草で、冬季には地上部分の葉が枯れます。草丈は約80㎝ほどで、葉の幅は狭く長く、花は大きく一重のユリに似た赤みがかったオレンジ色で、6枚の花びらをもち、6月下旬から8月に開花します。
岡南著『天才と発達障害―映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル』
(講談社、2010)
視覚優位・聴覚優位といった認知の分類や、認知の偏りを生かし「個人が幸せになるため」に書いています。読字障害(ディスレクシア)でありながら、視覚を生かし4次元思考するガウディ。聴覚を生かし児童文学の草分けでありながら、筋肉の問題や吃音障害、人の顔や表情を見ることができない相貌失認のルイス・キャロル。長所を生かし「やりがい」をもって生きることについて考える本です。
杉山登志郎・岡南・小倉正義著『ギフテッド―天才を育てる』(学研教育出版、2009)
楽しみに次を待っています。